バーマンのブログ的なもの


~祭り好き~

6月である。
外では、神輿がまたお店の前を通過した。
すぐに隣の居酒屋で接待を受けるだろう。
そうすると30分は店内に閉じ込められることになる。

神輿を担いでいる人たちの3割が歯の抜けた強面であることに気がついただろうか。
その3割が店前でくつろいでいくのだ。
よく、お堅いバーの書籍には「バーとは止まり木」なんて表現されていることがあるが、こういう止まり木は恐ろしいものである。
30分、息を潜めて、いないふりをして、また威勢のいい掛け声が鳴り始めるその瞬間を待ち続けしかない。
祭り批判だ!と騒ぐ人もいるだろうが、個人的には好きである。
具体的に神輿を担ぐ意味はぼやけた形でしか理解できていないが・・・
それでも近所の人々が子供を連れて手を振ったり、神輿と同じリズムで体を揺らしたりしているところを見ると、平和でいることに感謝する気持ちになる。

きっと楽しいことなんだろう。

これから営業だというのに、
「ゆうちゃん、今年は担ぐのかい?」
なんて毎年聞かれる。

いいえ、お店がありますから・・・と答えると
「なんだよ、○○の○○くんだって店を閉めてまで担ぐんだぞ?」

と冷ややかな目で笑われる。心から笑ってくれているのであれば、ありがたいのだが。



一度も袖を通したことのない半纏がこちらを睨みつけている怖さに比べたら大したことはない。

ダンテとカメラ

ダンテがやってきた。数年ぶりの来日だ。
荒木町の中でも迷いやすいシシェルへ迷わず来られたそうだ。
「今はこいつがあるからネ。」とスマホをかざす。
そうか前回はスマホが復旧していても、地図などのシステムがまだ完璧ではなかった頃だ。

数年前、ダンテに写真を撮ってもらったことがある。そのカメラは重さ20キロを超えていて、撮る瞬間だけでなく、前後20秒は動いてはいけないというカメラ。
いわゆる、昔のウェスタンなんかに出てくる、握ってシャッターを押すタイプのカメラだ。

虚空を見つめ、よーいどんのタイミングと同時に呼吸を止める。
20秒30秒と呼吸を止めることは簡単だと思っていたが、いざ意識してしまうと、空気が漏れてしまう。
それだけでブレが生じ、写真が台無しになる。
永遠とも感じる20秒なんてフレーズはありきたりだが・・・まさにそんな感じだ。


数年ぶりの来日は手元の小さなカメラ一つだけだった。

「Yes、早速再会と記して撮ろうカ。」

幸い、その日は台風の予約が夕方頃にキャンセルになったおかげで店内には誰もいなかった。



日本人特有の平たい顔に凹凸を作るため、ライトを左右から当てる。探しながら影をつくり、それを追う。

「どう?商売ハ?」

Still Breathing.
と答える。

「の割には、貫禄がかなりついたんじゃない?前もそうだったけど、かなり大人の雰囲気が出たヨ」

まぁ、いろいろと…髪を伸ばしたり、体重が激減してから一気に増えたり。

「写真にはどう映るか、楽しみだネ」

輪郭は修正してくれよ。

「No!僕はいつもレトロに生きたいからそんなことしないヨ。知ってるでしょ?」

知ってはいたが、物は試しで言ってみただけだ。



写真に撮られることが大嫌いな私だが、ダンテに撮られることは…

まだ我慢出来るとだけ言っておこう。


2016年9月20日

台風である。テレビでは早めに帰宅や田んぼを見に行くなと騒いでいる。
大げさな・・・なんて思っていても地域によっては甚大なる被害が起こることもある。
自分の知らないところで常に何か起きているものだ。

今週末に公開される資生堂メンズのコラムで一旦シシェルの場所貸し取材は終わります。



先週、島地先生がいらした時

「ゆうちゃんはなんで彼をそこまで応援するんだ?」

と聞かれました。


 応援というより、自分が5年前、彼と同じ年齢だった時に欲しかった存在になれればいいなと思っているだけです。ちょうど30になるかならないか、その時っていろいろ不安なんですよ。でも発信し続けるしかない、ましてや一人でやっているんでしょう?発信することで自問自答し続けるしかないんです。

 ある人が昔、言いました。
上に立つ人間は、誰からも褒められないし怒られない。だから常に自問自答するしかない。

確かにそうだな。と思っていますが、

それでも誰かに「大丈夫だよ」と言われたいもの。
自分がどれくらい進んだのかわからなくなるぐらいガムシャラに進んだ結果、本当に自分が進んだ方向があっていたのか、間違っていたのか・・・

保険はないけど、そんな彼に大丈夫だよと言いたくなっただけですよ。



「なるほどね。その道をゆくものにしかわからない何かをゆうちゃんは彼から感じたわけだ。」


うん。行き先はいつか別れたとしても、自信を持って進めれば。その自身のきっかけになれればいいかなって。ま、あの様子じゃ大丈夫でしょうけどね。
将来、「牧浦さんって誰ですか?知りませんね」なんて言われないようにこっちも頑張る理由にはなりましたしね。


「ワッハッハッハッハ!そうなったらなったでアッパレだよ!俺はこのチョコレートが食べられれば文句ないな!」



そう言って、残りのチョコレートを頬張りながらお互い笑い飛ばした。

もうすぐ食欲の秋がやってくる。彼の脳みその中にはどんな秋が詰まっているのか、今から楽しみである。


若き、ショコラティエに栄光あれ。

資生堂メンズにてまたC-Shellが取り上げられてます。

読んでくださいな。




箱の中身はなんだろな

的な形で売り出してきた「グレンリベット・サイファー」
購入したからこそ言います。
正直、この売り方は好きじゃない。
ましては、シングルカスクではなく、複数の年数に複数の樽を混ぜ合わせて出してきているんだから、表現される味わいに不正解はなくなります。
不正解があればいい。なんてことではなく、本当の正解は僕も知らなければ、売ってきた営業ですらも知らない。
だから、「これだね!」や「こんな味がするね!」と言われても、なんとも言えない気持ちになる。ここはこうだからこういう味になるんですよ。と言ったことが不安になってしまう。

いえいえ、モノ自体を批判しているわけではなく、(味は素晴らしい。そして様々な表情も持ち合わせているので楽しい)このぶん投げる形での営業に対して疑問符なのです。
確かに楽しい。だけど、答えのない楽しさはその場限りで終わってしまうのではないか?
決して安くはないボトルを買ったからこそ、言わせてもらいました。


これで営業も足を遠のくというわけだ。笑

被写体の心構えその1。
「レンズは見るんじゃねぇ。」

無事に撮影は終了いたしました。

生の感情や瞬時の切り替え状況判断、そして被写体の喜怒哀楽の瞬間をカメラに収める難しさを巨匠の隣で見させてもらいました。

歯車のように合う合わないなんてのもあるんでしょうけど、瞬時に個性をとらえ、目一杯の笑顔になるように言葉をかける巨匠のやり方は、どことなくバーの日常と似ているような気がしましたね。

今回はメインでないため、かなり気は楽でしたが、だからと言ってふんぞり返って見てるわけにもいかず、ひな壇芸人のように所々、合いの手を入れたり、ツッコミを入れたり。

撮られる方も意識をしてしまい本来の表情が出しにくい経験はあります。
未だに卒業アルバムや免許証の表情に納得がいくことがない。
多分、そんな人たくさんいるんでしょうね。

これから何回、そういった形で写真に撮られたりすることがあるかわかりませんが、
一生慣れないんだろうなー

誰か、コツを教えてくださいな。




人間はなぜ甘いものをやめられないか。

とシマジ先生風に入ってみましたが、何も思いついてません。
幼少の頃、チャーリーとチョコレート工場を読んでいた時、不気味な家族やウィリーウォンカよりも引き込まれたのが、チャーリーが冷蔵庫にしまっておいたチョコレートを我慢できずに銀紙をちょっとずつ剥がして、ちょっとずつ食べていくところでした。

ほんの一欠片のチョコレートの甘味が、体全身を駆け巡り、脳天まで戻り、美味しいという言葉を発せざる得ないあの興奮。

あの本を読んだ後は必ずチョコレートが食べたくなったものです。


大人になるとお酒とチョコレートのマリアージュがまた堪らなくなり、絶対的な正解のない数式のように、いろんな味と味を掛け合わせてみたり、あーでもないこーでもないと言いながらも、顔は喜びに満ち溢れ・・・

今ならお客さんいないし、一粒ぐらい食べてもいいよね


なんて思ってしまう。

一粒で済めばの話ですが。


来月になりますかね、きっと面白いことを、面白い記事をみなさまにお届けできると思います。
なんと資生堂メンズにシシェルが再登場。
僕が不思議な縁で知り合ったショコラティエとシマジ先生の対談。
お互いがお互い変態と認め合う、お互いがお互い変態だと譲らない。
変態だらけの対談。
酒と甘い物に魅せられた男たちの運命は?!
なんてね。



しかし、今回は主役ではなく助演なので気が楽だ。笑


というわけで、読んでいない方はおさらい

見た。来た。思った。

とフランスの格言をもじった形で入りますが、もちろん今回もお題はゴジラについてです。
公開日初日、朝8時半から見てきました。期待と不安、むしろ不安が8割でしたが。
まあ、面白かったです。完全に2014年版ゴジラに対する後出しじゃんけんでしたが。

2014年版ゴジラの失敗は2時間ある映画のうちゴジラを11分ぐらいしか出さなかったこと。
溜めに溜めて・・・ということなんでしょうが、ちょっと肩透かしを食らった気分。
今回は最初からです。いきなりです。いきなり・・・アレですから。

ネット上では概ね高評価ですが、個人的にはなんとも言えないのが正直な感想。
よくお客様にも説明していますが、「ラーメン食べに行ったのに、やたらオシャレなパスタ出された気分」としか表現しようがないです。

ゴジラでやることだったのか?ゴジラでしかやれないことだったのか?
エバ(エヴァなのはわかっていてあえて表現)ファンに対する言い訳が書かれたパンフレット、音楽もエバからの焼き回し、劇中のフォントも全てエバ。
正直言いましょう。僕はエバが嫌いです。もちろん一通り見てます。見ないで嫌いというわけではありません。

作戦名もエバをもじった形、台詞回しもエバ風、

ゴジラは使徒ではない。
そう思いながら見てました。

見終わった後はがっかりしてました。

しかし時間が経つにつれて、見に行ってきたよ!というお客様といろんな考察をすることによって気がついたことがあります。

みんな怪獣映画が好きなんだと。
とにかく、僕好みではなくともこの映画がいろんな形で人に届いて、また日本に怪獣特撮映画が溢れるようになれば、オタクとしての僕は大喜び。
ましてや、シン・ゴジラがプロパガンダだなんだと騒がれれば騒がれるほど、反論する声もあったり賛同する声もあったり、
とにかく、ゴジラにこんなに真剣になれる人が増えれば。

日本が昔、世界に誇れた特撮映画。また日本が誇れるようになれれば嬉しいです。
落ち着いて考えてみると、もう一度、今度はもっと派手なスクリーンで見て見てもいいかなと思ったり。
カウンターに並んだ人たちの口からはゴジラ、ガメラ、モスラ、ラドン、キングギドラ、メカゴジラ、バラゴン、海底軍艦轟天号、バラン、サンダ、ガイラなどなど

何の店だかわからなくなるような光景でしたが・・・



なーんだ。みんな好きなんじゃん。

よかった。



この文章を書いているのは2016年の7月24日

つまりは久々の国産、いわゆる東宝によるゴジラ、「シン・ゴジラ」が始まる5日前ということだ。
町中、様々なところでゴジラの広告やコラボを目にする。
ぐでたまとのコラボには笑いもし、冷静になってからではあるが首を傾げたものだ。
そんな、私とゴジラの付き合いはかなり長い。
近所のレンタルビデオで片っ端から借りて見たり、学校帰りに蒲田の商店街にあった古い映画館に連日見に行ったり(ヒートゴジラなんて入場者特典が掴み取り状態ではあったが)、50メーターなんて聞くと初代ゴジラと同じ身長だなんて思ったり、100メーターはキンゴジと・・・etc


なんて語りだしたらキリが本当にない。

ここで本題だが、なんと、ウイスキーとのコラボも実現してしまったゴジラさん。
お客様であるK氏に教えてもらい、その場で欲しいと絶叫してしまったが。

ここはウイスキー専門家として、いや、ゴジラオタクとしてでもどうしても手に入れたいと画策したもので、色んな方々が様々な手を尽くして手に入れようとしてくれたのは本当にありがたいことです。

ちゃんと一本ずつ手に入りましたよ。到着は来月の頭になる予定です。
もちろん、開けてみんなと飲むつもりですよ。

ここが大事なことで、ここ最近、転売目的の購入が多い。
それは酒屋さんもそう感じていることらしく、このゴジラコラボの前には「ロマンシングサガ」というゲームとのコラボ商品が出たのですが・・・

問い合わせが非常に多かったそうです。
「信◯屋って何屋さんですか?」や「どこにあるんですか?」とか
ウイスキーを飲んだことがなさそうな人からの問い合わせも恐らくあったでしょう。
そういった形で初めてウイスキーを手にし、ウイスキーの魅力に引き込まれていく人がいれば、本当に嬉しいですが、果たしてそれはどれぐらいなのかなと、ふと思います。

そして、今回。ウイスキー好きな人がどれぐらいゴジラの魅力にはまるか・・・
逆でしたね。
ゴジラ好きがどれだけウイスキーにはまってくれるかどうか。
願わくば、ネット上で理不尽な値段で転売されることなく、みんなが今回の「シン・ゴジラ」の感想を言いながら飲んでくれれば嬉しいなと。



これで映画がクソだったらどうしよう・・・



子供の頃に見た大人って、もっと大きかった気がする。

いざ自分がその年齢になってみると、あれ?何て思ったりもする。
誰もがそんな錯覚に陥っているのかもしれない。

どれが正しいのか、大人になればなるほど見えなくなってきている現在。
そんな会話をお客様とすればするほど、答えのない螺旋を回り続ける。

最終的にはアルコールという引力に引かれ、明日考えればいいか。なんて思ってしまう。

次の日にはまた同じように飲み、同じように悩み、同じように飲み込まれてしまう。
着実に一歩ずつ、半歩でもいい、進んでいるとは思う。
それか、その場に沈んでいるだけなのかもしれない。

ただありがたいのは、一緒に沈んでくれる人が向かい側に座っていることだ。
大人ってこんなもんでいいと思う。
飲み干したグラスからは氷の音だけが響いて、それがやけに心地良く感じた夜でした。


もっとも大好きなアーティスト、チェット・ベイカーの話をしようと思う。

やっと、死ぬ直前に作られたドキュメンタリー"Lets Get Lost"を入手。
サントラは前から頂いてましたが、本編を見たことがなかった。
それもそのはず、好きじゃないと見れない内容になってます。
ギリギリの線の所で踏ん張るチェット・ベイカー
しかし力を込めているようでもなく、いつ飛び降りてもおかしくない状態で演奏やインタビューを答えています。
麻薬で歯はほぼ無くなり、独特な話し方をし、「人生はつまらない?」と
いう質問には表情も変えず、「状況によってはつまらないね。たくさんつまらない人も見てきたし…つまらないね。」
と当たり前だよなんて、答えを言いながら、どこか切なく、とても物悲しく…

若い頃のツヤがあるチェット・ベイカーはかっこよかった。
しかし、歳をとり、誰もが間違った年の取り方をしたと思われたチェット・ベイカーもかっこいいんです。
やってきたことに後悔はない。
歌ってきた歌に後悔もない。

それでもEverything Happens to Meがやたら胸苦しく聞こえるのは何ででしょう…

何がどうなっても、何が起きても、それでも、Everything happens to me(俺はうまくいくさ)と夢見ていたのでしょうか。
ベッドに横たわり、一点を見つめながら、このフレーズで締めていくPVは必見です。
歳をとるということを少しだけ、チェットから学んだ気がしました。


趣味の話をしようと思う。

映画。

ありきたりな趣味ではありますが、幼少の頃から数えきれないぐらい観てきました。
小学校の夏休みの宿題を映画鑑賞文と言いましょうか、そんなノートを作って提出したことがあるぐらいです。
邦画は特撮が多いですが、洋画はなんでも見ます。フランス系はあまり見ないかな。
先日、勧められた映画が衝撃的でしたので、ここ数日色んな人に同じ話題ばかり話しているかもしれません。
「ゆきゆきて神軍」
1987年のドキュメンタリー作品なのですが、おそらく世界で初のドキュメンタリー作品だと言い切る人もいます。
内容は帰ってこなかった戦死兵の謎を探っていくにつれ様々な人間模様に遭遇、引きずり込まれていくカメラマン(監督)の不運と言いましょうか。
とにかく、どういう視点で見るかを考えさせられる作品。
人間の狂気と言いましょうか何かに捕らわれてそれから解放されることが一生無いであろう、良い意味で言うとひたむきさ。
反対の言葉でいうと執念。怨念にも近い感情が画面越しから溢れんばかりにドロドロと滲み出てきます。
お酒を飲みながらであれば、最初は笑えるでしょうけど、そのうちグラスを置くことになるでしょう。
全てが生々しく、逆に新鮮に見えました。
掴みかかるシーン、苦し紛れな言い訳、本人が正義だと思っていることの歪み。
かのマイケル・ムーアですら、賞賛していたことを知り、
誰がこの作品を世界に流したんだよ。
と思わず笑ってしまいました。

まさかの映画レビューとなりましたが、その第1作品目がこんなカルトクラシックでいいのかと、今現時点でも首をかしげておりますが、これもまたいいかなと。

人間の個人性を表す言葉は多々ありますが、見る角度によって色々あるということを再認識した作品でしたよ。

オススメはしません。

豚もおだてりゃ木に登る。
なんて言いますが、そこまで肩車されて、出っ張っている枝に手をかけろと騒がれれば、やるしかないのかなと思い、こんな独り言を言うページを作ってみました。
言うはタダだし、サーバー代も払っている限り有効活用するしかない。
僕なんかより、文才に優れた人なんていうのはアリの数ほどいるでしょうし、ただ、自分が思った事を再確認するためであったり、後から読み返してみて赤面をするためであったり…

いずれは開高健賞であったり、どこかしらの出版社のノンフィクション部門で賞を…


今年に入ってから、シェイカーを振っていません。
振れない。振りたくないじゃない。振れない。
腱鞘炎から指間症候群になり、早くも半年。
シェイカー振れないんじゃ、お前はバーテンダーじゃない!と銀座方面からのお声を聞くこともありそうですが、無理なもんは無理。
ましてや、「僕はバーテンダーじゃなくてバーマンだもんねー」なんて相手の神経を逆撫でしかねない事を言いそうで、少し背中に流れる汗を一応は感じております。(書いた時点で…ヘックシュン)
なぜこういった怪我に見舞われたかというと、忙しくなったから。
そりゃ、毎日笑顔で一生懸命接客を。
というのは嘘で、自分らしくいようとしてはいます。
もちろん賛否両論なのはわかっています。
個性的なのも、自分で理解しています。

時たまに、「マスターは笑ったりすることあるんですか?」なんて聞かれる始末。
そりゃ笑いますよ。にんげんだもの。
素直でいようよ。
売るために頑張るんじゃなくて、この一杯を選んだ人が面白いって笑ってくれるように何かしらで頑張るものなんじゃないかなと思ってます。
確かにここ最近はエキセントリックな方向に走り始めているのは事実ですが、
それが面白いと言われるんが一番嬉しいんです。

ほら、僕、「一応は」笑ってるでしょ?





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